設計以前。追求日記

建築学び、不動産でいろいろやっているブログです

与条件としての建築メディア

本日のエントリは、番外編です。

本の話です。

 

7月15日、自分にとっては待ちに待った本が出版されます。

数々の建築家を取り上げている「KJ」の8月号が世に出るのです。

 

この号から、ある連載がはじまります。

タイトルは「与条件と未条件」。

ざっくりというと、創造系不動産の代表である高橋による、建築の「設計以前の条件」についての連載です。

自分が創造系不動産に参加してから初めて公になるプロジェクトでもあり、学生時代から望んでいた内容に肉薄する連載でもあります。

 

本が、建築という世界を教えてくれた

僕が建築を知ったのは、ある一冊の本からでした。

手元に残っておらず、タイトルも定かではないのですが、

手塚貴晴さん・由比さん設計のふじようちえんが掲載されており、建築という世界が広がっていることを知りました。

それまで、自分の目に映っていたのはあくまで「建物」であり、そこに美学を感じることはありませんでした。

しかし、その本を手に取った事で、自分は「建築」という世界があることを認識したのです。

 

与条件としての建築メディア

建築メディアは、その後大学に入ってからも、自分の道標でした。

 

さまざまなスター建築家を、専門誌を通して知りました。さまざまな世代の建築家について、大規模な学生アイデアコンペの審査内容について、今はなき建築、インテリアの名作について、教えてくれたのは数ある建築の専門誌たちでした。

また、web上にも有名な建築メディアが現れました。それに触れるようになると、建築業界で起こっていることをリアルタイムで知ることができているような感覚をおぼえました。

 

どのような形にせよ、建築メディアは設計を学んでいる自分にとって、風向きを教えてくれる存在でした。設計に置きかえてみれば、建築メディアは建築学生としての自分の基礎となる「与条件」のような存在だったのかもしれません。

 

ツール?としての建築メディア

ただし、そうした建築メディアでカバーされていない部分もあるな、と学生のころ感じていたのも事実です。

 

編集され、整えられた言葉からは、プロジェクトの実際の勘所が見えてこないように思ったのです。

目の前に霧がかかっているような気持ちになったのです。

 

予算、土地はどのようなプロセスで獲得したのか。クライアント側とのコンセンサスの取り方はどうやったんだろう。名作と言われているが、現在の状態はどうなっているんだろうか。建築家以外の評価はどうなのか。逆に、なぜあの商業空間は、建築の文脈では評価のテーブルにあがらないのだろうか。

 

以上のことは、クライアントの情報が含まれていることから公にできない部分があったり、建築メディアがとりあげる範囲を逸脱していたりするのかもしれません。

 

しかし、だからこそ、そうしたことを知りたいなぁ、と思ったのでした。

そうしたことを知ったら、自分が初めて建築という世界を認識したように、建築設計を新たな捉え方で認識し、取り組めるようになると感じています。

メディアが、新たな見方を、獲得するためのツールになりうると思うのです。

 

前述の連載、「与条件と未条件」は、まさに、そんなツールになりうるものと、自分は考えています。

皆さんが、それを読んでどんな感想を抱くのか、とても楽しみです。

 

ぜひ、手にとっていただけるといいなぁ、と思っています。

それでは!

 

 

 

 

 

 

決められないときに、よく起きていること。

自分は、決めることに携わる仕事をしてます。

 

どの土地、建物を購入するのか。どの程度の価格で不動産を売却するのか。どの程度の金額、融資を受けるのか。不動産という言葉からイメージしやすいのは、こんな所でしょうか。

 上記の決断は、クライアントが行う代表的なものだと思います。

 

クライアントの大きな決断を、お支えする立場。

「決めること」をサポートするなら、「決めること」をよく知らないといけないと、考えます。

 

しかし自分は、決められないタイプ、です。

学生時代、設計課題は徹夜で仕上げていました。準備にも時間をかけて、リサーチにも取り組んでいて、それでも〆切前に焦り出す。

さまざまな問題が絡み合って生まれていたその状況。

ですが、あえて一番の原因を探すなら、「決めること」が下手クソなのが大きかったように思います。

 

そんなわけで、恥ずかしながら「決めること」についてはあまり成功体験がないんですが…

しかし「決められないとき」によく起きていた状況はわかります。

 

「決められない」は内面の問題ではない

ひとまず、そのように仮定します。

すると、自分の場合、決められないパターンは以下の二つに分かれています。

①完璧主義

②隣の芝生

 

上の二つのパターンが、組み合わさると完璧です。

抜け出せません。

設計課題、卒業設計、何回もはまるんですね、これに。

 

①完璧主義

完璧主義、という言葉はポジティブにもネガティヴにも捉えられますが、「決める」際にはかなり厄介な言葉です。それらしい主義主張を孕んでいるような顔をしているから尚更に、です。

 

どれだけ調べて、比較しても、決断に完璧な状態は訪れない。その状態が続くと、

①−1 自分が決めたのだからそれでいいという立場をとる

①−2 外的要因によって決めざるを得ない状況に追い込まれる

 

…ということに。

①−1では、周囲には干渉不能な、完璧な決断理由を探す結果、「理由がない」という状況が「完璧」という判断になります。不完全な根拠で決断すると、「完璧」な状態にはなり得ない。そのため、「理由がない」状態で決断を下す事で、誰にも干渉されない「完璧」な決断が生まれます。

①−2では、外的要因により決断が自動で行われているため、自分が周囲から追求を受けることを免れます。決断する主体である事から逃れる事ができるわけです。

 

②隣の芝生

どんどん提案の要点がスライドしていくことがあります。

提案の中に、色んな方向へ発展していく可能性を見ているという意味で、とてもポジティブなことではあるのですが…

 

ヒートアップしていくと、連想ゲームのようにして、提案が大幅にずれていきます。

勿論、前述のように、それ自体は良いこと。

ただし、面白いと思ってずれを楽しんでいるうちに、決めるポイントを見失うのが問題です。

 

②−1連想していくことそのものの楽しさに没入する

②−2連想が飽和して、提案の芯が自分でも把握できなくなる

 

結局

さんざん調べ散らかして、結局〆切直前で提案が揺れまくる、〆切から逆算して提案をfixして提案が中途半端な状況になる。人に提案できるような状況にならない。

 

決められないときは、上記の二つのパターンの合わせ技にはまっている状態になります。

その状況に陥らないように、中途半端な状態で「中断」する、という態度が必要なのかもしれません。

 

①完璧主義では、理想的な環境の追求という形で

②隣の芝生では、終わりない連想ゲームの形で、

どちらも中途半端な状況でいることを避けようとするあまり、決められない。

 

それを回避するフロー、具体的に言語化していこうと思います。

実際の所、自分は優柔不断な所を多分に残していますが、建築家という「決断のプロフェッショナル」と協働する立場にいます。学びつつ、伝えられれば良いな、と思っています。

今回はひとまず、「決められない」を生み出す状況のまとめでした。

 

コンテクストのラスタライズ

先日、とある内覧会にお邪魔しました。

建築家、森元気さん設計の住宅を、見せていただいたのです。

bunka.aij.or.jp

 

「こんな所に住みたいな〜」

というユーザー目線のわくわくがあったのは勿論のこと、

デザインとコンテクストの関係について、少し思うことがありました。

森さんの意図とはまったく外れてしまっているかもしれませんけれど…。

 

 そんなわけで今回は森さんの設計した空間から連想した

「コンテクスト」という言葉を軸とし、まとめてみました!

とっても偏った見方になっております。お気をつけください(?)

 

設計課題の時よく、

「コンテクストを読め」

なんて言われたな…。うーん。

 

コンテクストの解像度を上げている?

お見せ頂き、まず思ったのは、土地のコンテクストを素材?にしているのだなぁ、ということ。(上のリンク先でも森さん自身、「ローカルなサンプリング」という言葉選びをされていますね。)

下の写真を見ていただきたいんですが、階段や擁壁は、もともと造成された既存のものだそうです。

そうした「微細でローカルな」状態が、「サンプリング」され、室内まで連続しています。

 

素材こそ変化するものの、「既存の造成」というコンテクストが、室内でも連続していく。

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道路側に面する大きな窓。「道路との高低差」というコンテクストを逆手にとった表現?

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森さん自身は、「ローカルなサンプリング」という言葉を用いられています。

あえて無理やりにコンテクストという言葉に寄せていくと、

コンテクストを「読み込んだ」設計であると同時に「高解像度で体験させる」設計になっていると感じました。

 

階段も、道路に面する大開口も、

既存の土地のコンテクストを読み込んだ結果のものであると同時に、そのコンテクストが持つ意味を引き出しているように思うのです。

どちらも、コンテクストから導かれたというだけでなく、コンテクストを最大限に体験するための仕掛けとして機能しています。

 

 

コンテクストをずらしている?

下の写真は、2階の一室の開口をとった写真です。

窓の向こう側に窓があり、その向こう側にまた別の部屋が見えます。

空間が重なり合う面白さもありますが、

ここでは「素材」というコンテクストのとり扱いが面白いと感じました。

 

塗装された壁。構造用合板の壁。「構造用合板という素材」の表現。

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この住宅の、むき出しの構造用合板は「仕上げのされていない構造用合板」ではなく「構造用合板という素材」のように見えます。

仕上げが施された面がある中に、むき出しのモノがあることによって、それが「素材」として認識される、のかもしれません。

 

空間構成の純度を上げるのとはまた異なる、不思議な抽象性が生まれているように思えるのです。

「素材」というコンテクストがずらされている、と言えるかもしれません。

 

構造用合板という素材。カーテンレールという素材。すこし遠くに、コンセントという素材も。かわいい。

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「素材というコンテクストがずらされている」ことにより、本来は仕上げが必要とされるであろう状態でも、むしろ「このままがいい」ということに。…なっている、と自分は感じました!

 

仕上げられた天井=抽象。それにより、塗り残された「材料」は「素材」に変貌?

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こうした「ずらし」は、とても面白いな、と感じました。

そして、とても自由だな、と感じます。

やらなくてはいけない、はずの仕上げがないことが新しい意味を獲得している。このことは、デザインすることの力・意味の一端じゃないでしょうか?

「こうでなければ」という息苦しさを乗り越えるために、デザインによるコンテクストの操作は「効く」のかもしれません。

仕上げということを、なんのことはなく「やれてしまう」ことより、数倍面白い状況が生まれている、と思いました。

 

コンテクストが、下部構造じゃないほうが

こうしたやり方は、コンテクストを「乗り越える壁」や、「設計の与件」としてしか見ない立場では生まれ得ないかもしれません。

そのどちらも、設計の下部構造として、コンテクストを定義しているからです。

それだと、かなり息苦しい感じがします。

そうじゃなく、コンテクストまで操作してしまうやり方がいろいろあるのだなぁと、森さん設計の住宅を見学し、思いました。

そのほうが、きっと楽しい。

 

わび・さび、まで行くと、コンテクストの操作も息苦しい?

さて、話はぶっ飛びますが、千利休さんのような茶人プロデュースによる空間は、とてもストイック(高解像度)かつ独自の秩序(ずらし)を持ちます。

コンテクストいじりの極地といいますか。

 

しかし、あまりにもストイック。多くの人が、すこし、不自由を感じてしまうんじゃないでしょうか(もちろん、その不自由さこそ大切なのだ、ということなのでしょうけれど…)。

コンテクストの解像度・ずらしは、行きすぎると結局、抽象的な、息苦しい世界へ逆戻りしてしまうように想像します。(実際体験すると違うんでしょうか…)

 

では、解像度、ずらしをどの時点で止めるべきか。

  

コンテクストのラスタライズ

難しいことですが、その部分が各デザイナーの倫理による所であり、持ち味なのですよね、きっと。なので、このことは一旦、棚上げしてしまいましょう(汗)

 

コンテクストいじりを止めるのは、画像加工の際の「ラスタライズ」に相当するように思います。

www.weblio.jp

 

後戻りできない状態に固定されてしまう、ということで、似ているなぁ、と。(あんまり用語本来の使い方に即していないかもしれないです。ごめんなさい)

どの解像度で、コンテクストをラスタライズ(≒固着させる?)するか。

 

 その判断が「効いている」空間は、新鮮な驚きと、もともとのコンテクストの活用を両立できるのかもしれません。

そんなことに気付かされた、空間体験でした。

 

 

 

「コンテクストを読め」って言っていた先生、

こういうことを伝えたかったのかなぁ…。 うーん。

 

 

 

不動産島サーチ2 「再建築不可」

本日は「再建築不可」というワードから建築と不動産をみてみます。

 

家探しの経験がおありになる方はご存知かもしれません!

不動産の売却図面を見ていくと、割安な物件の備考欄に時々「再建築不可」という記載があります。

そういった物件は、築年数の浅い住宅にはない雰囲気や、割安な価格、といった魅力を備えています。

 

また、再建築不可の物件は、建築設計を学んでいる人からすると、とっても魅力的な対象に見えるかもしれません。

今あるものを使い続けるというのは、ある種の正義感を揺さぶられるといいますか…。既存の環境を壊さないで、引き継いでいくというやり方は、賛同を得やすいように思います。

 

ただし、住宅づくりの主人公であるクライアントにとってはいろいろ問題があるようで…。

 

そもそもなんなの再建築不可

現在建物がたっていても、様々な事情で建て替えができない物件が「再建築不可」と呼ばれています。法律ができる前からたっていたり、もともと違法な建築だったりして、今の法律だと現状利用しか方法がないのです。

 

再建築不可の理由はいくつかあるようですが、どれも道路に関することのようです。

・条件を満たした公道に接していない

・公道に2m以下しか接していない

 

まとめると、接道義務を満たしていない

というもの。防災の観点からすると、道路に面していないというのは問題ですよね。

 

もちろん、私道に面した昔ながらの住宅など、法律的には望ましくなくとも、街の風情を作り出している場合もあり、一概に問題視するようなものでもないのかなぁ、と個人的には思ってしまいますけれど。

 

融資をうけにくい:お金をかりにくい

さて、もう少しクライアントの視点から話を膨らませていくと、

銀行の融資がおりにくい、という大問題があるらしいです。

なんででしょう。

 

それには「担保」になりにくいから、という理由がある模様です。

お金をかす側からしたら、いざとなった場合(考えたくないことですが、お金をかえしてもらえなくなったり、という場合…)に土地や建物を売ってお金を取り戻すしかない。

そんな状況になったときに、価値のない土地・建物では価格が安くなってしまい、お金がかえってこないことが想定できてしまいますよね。そのため、再建築不可の物件に融資すると、かなりリスクをとることになる。

そういった立場の方の話を聞くと、たしかに融資が通りにくいのも当たり前だなぁ、となってきますね。

 

融資と不動産の関係性に興味がおありの方は、以下のリンク先なども読んでみてください。具体的な条件というよりは、不動産がどのように評価されているのか、という視点でまとめられています。

借入基礎知識:担保編 ③不動産の評価方法と担保になりにくい不動産 | 経営ナビ

 

融資を受けにくいということは、自己資金で購入するという形になってしまうかもしれないわけですね。

もちろん、活用することが不可能ということではないようです。ただし同時にとてもハードルが高い部分があるのは間違いなさそうです。

 

建築確認確認を受けられない:大規模修繕などが難しい

www.house-support.net

適法でないので、建築確認申請をだすことができないんだそうです。

申請だしても通らないものなので、だせない。

すなわち、大規模修繕、増築などが難しい、という状況です。

 

それらのことが、わかりやすく記載されてるサイトがあったのでご参照ください。

再建築不可物件をリフォームして新築同様にできるのか!?

 

かなり網羅的にまとめられています。

どんな物件を購入するにもリスクはつきものですが…

なかでも再建築不可の物件は、

しっかりとした調査と、リスクへの合意が欠かせなさそうです。

 

観光客の視点から話をしても…

というわけで、再建築不可には、いくつものハードルとリスクがあることがわかります。

もちろん、うまく活用することで価値を作り出すことは間違いなく可能です。

武蔵境の家 | ケーススタディ | 創造系不動産株式会社

 

しかし、クライアントが通常の物件よりリスクを取る必要があることも間違いない。

雰囲気がいいとか、風情があるといったような、まるで観光客のような視点から言葉をつくしても仕方ないです。

 

実際にあるリスクを取り除いていくノウハウを積み重ねるほかないですが、どういう方法がありうるのでしょうね。調査方法なのか、法律の変化なのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

不動産島サーチ1 「不動産業 はじまり」

おひさしぶりです。

すこし期間があいてしまいましたが、今回から、より焦点を不動産業にしぼって、更新です。

 

しかし、残念なことに自分は知らない事がたくさんありまして。

よんでくださっている皆さんのほうが知識が豊富、なんてことはザラにあるでしょうから…不動産論、みたいなことはできないです。

なんてことを考えると、手が止まってしまいましたが、ひとまず更新。

 

まとまったインサイトは示しきれないですが、不動産を経験して思い浮かんだ「検索ワード」をまとめていくように、やっていきます。

 

 

不動産屋のことがよくわかっていますか?

わかってないです。

素直に白状しますと、自分の学生のときには(といっても、けっこう最近なんですが)不動産屋のこと、よくわからず…というか意識する対象にあらず、といった感じでした。

「関係あるのかな〜」という。当事者意識がまったくない状況。

 

それに加えて、「不動産屋ってあやしいな〜」って思っていました。(今は「あやしい人もいるな〜」という気持ち)

「なんか軽い感じの人が多い」「チャラいな〜」と、賃貸の案内をしてもらいながら思っていたり。周辺の相場感もわからないなか、家賃のエビデンスも示してもらえないことも、もやっとポイントだったり。

 

人生で不動産屋にお世話になるタイミングは数回だったんですが、不信感しかなかったんですね、自分の場合。

関係ないと思っていると、情報が入ってきても取り込まないようで、ぜんぜんわからず過ごしてきました。

 

しかし、いまや僕は不動産屋さんです。なんと。

なので、不動産屋ってどんなものだろう、ということ、どんどんインプットしています(今更!)。今、いろんな本やネットの情報ありますね。精査も大事ですが、どんどんいっております。

 

 

 

不動産「業」のオリジン

今回の検索ワードは「不動産業 はじまり」

調べてみると、江戸時代の長屋経営が不動産業(いまだと賃貸管理っていわれるようなところでしょうか)のはじまりらしいです。

 

大手不動産会社が不動産業についてまとめたページは、以下のリンクをご参照ください。すごい面白いです。不動産は壮大でした。

不動産の「歴史」について|エイブル オーナーサイト

不動産業の歴史 - 賃貸のホームメイト

 

とくにエイブルさんのページ、すごい情報量をきれいにまとめていて凄いですよね…。

建築設計の歴史とは違う、不動産の歴史があるんですね。

 

実質的に現在の不動産業に近い業態がうまれたのは、明治時代だそうです。

 

こんな感じで更新します

 と、いうことで、星新一ばりの短さですが、こんな感じで更新してまいります。

皆さんは、全部しっていましたか?不動産の歴史。

 

なにかひとつでも発見があれば幸いです!

次回もよろしくどうぞ!

不動産島サーチ0 建築学生が不動産業界に直接とびこむ場合

 

いきなりですが、本日のエントリは不動産業にとびこんだきっかけ(など)です。

 

4月末のエントリだと、マイケル・フリードの「芸術と客体性」を読んだ感想など…書くと予定してましたが、こちらはまた改めて更新しますね(今月下旬、弊社メンバー内での勉強会があるということで、そのフィードバックも織り交ぜつつ)。

 

さて、本日のエントリ、はずかしながら自分語りに終始してます。

ブログ数回更新してきましたが、自分が不動産業にとびこんだ理由まとめてないな、と思い至りまして。大学・大学院と建築意匠やっていて、なんでそっち行っちゃったの、ということとか全然かいていなかった。どんな人だよ、という感じのかたも読んでくれている(よんでくれていてほしい…)のに。

自分と似た経歴でも、建築設計以外に将来を見つける人はたくさんいるし、当たり前になりつつあると思うんです。そのサンプルのひとつを観察するつもりで眺めてみてください。

ということで、かなり個人的なエントリになりますが、書き散らしてまいります。

 

 

接点

自分は、工学院大学というところで、学部・修士通して6年間建築デザインの勉強をしてました。不動産業に携わるとは全く考えてませんでした。

不動産業に携わる直接のきっかけは、たまたま、パラレルプロジェクションズというイベントに接点があったことでした。

bunka.aij.or.jp

といっても、出展されてた勝亦丸山建築計画の展示物の製作補助やっており、会場に足を運んだというだけだったんですけど…。開催の5日前まで、イベントのこと全く知らなかったです、たしか。

実際に展示見に行くと、会場においてあるmacのモニターでラップが流れてたんですよね。

これなんですけど。

 

www.youtube.com

 

建築ラップ。会場でもかなり異質な展示だったので、見いりました。さらに衝撃があり、このラッパーの人、不動産やっている人らしい、という…。

 

後にわかったことですが、このラッパーの方(?)、実は創造系不動産のメンバーだったんですよね。ラップ経由で今、一緒に働いてます。すごい。

bunka.aij.or.jp

twitter.com

 

 

不動産を扱う=設計のコンテクストを扱う?

以上のようなことで、創造系不動産との接点がうまれた(というか、勝亦さん丸山さんにつくってもらった)感じなのです。

その当時はちょうど、お世話になっていた木下庸子研究室のほうで、静岡県富士市の遊休不動産活用に関する調査に参加していたこともあって、「不動産に関わることで、デザインできる部分が広がりそう」と自分が感じていた頃でした。 

 

建築設計ではさわれない部分だけど、プロジェクト全体でみると、かなり重要ですよね、土地や物件のポテンシャルって。そこにアクセスできる不動産は、空間デザインのかなり重要な部分を担える。

例えば卒業設計とかアイデアコンペだと、土地の選定も自由にやる場合があるし、そこにもクリエイティビティが発生する。何をやるかと同様に、どこでやるか、は非常に重要視されます。けれど設計の実務の場面で、そこに手をつける機会ってそんなにないし、必要もないとされている気がします(学生あがりの、浅い見識からすると、なんですけれど)。仕事の場面における土地・物件は前提条件だし、デザインで価値をつくるという姿勢においては手をつける場所ではないと。

 

もちろん、設計することを仕事にするうえでは、設計する事の意味を信じきっていないと「根性がたりない」のかもしれません。限られたコンテクストを活かすことで価値が生まれることは確かにあるんでしょう。 

けれど、それだけって勿体ないと思ったんですね。設計の腕力ですべてを解決しなくてもいいし、問題解決の手段は選択できたほうがいいだろうと。そう思うと、不動産は、設計の前段階をデザイン、というか企画する最適な場です。

大手のデベロッパーが成立しているんだからそんなもん当たり前じゃん、という話ではあるんですけど、そんなことにやっと思い至りました。

 

こんなこと思いながら設計事務所いってもしょうがないんじゃない、むしろ不動産をやっている会社に入らないと、という修士2年の冬。アーキテクチャーフォトのジョブボードに創造系不動産の求人情報を見つけたのでした。

job.architecturephoto.net

 

 

 

ケーススタディ

そんなこんなで、現在は創造系不動産のメンバーになっております(もろもろのことは、長いです。端折ります!そのうち書くかもしれません)。

 

ということで今後も、不動産に突然飛び込んだ建築学生のケーススタディを楽しんでいただければと思います。業界のことも全くわからず飛び込んだ人間の末路をつらつらとつづっていきます。

 

 

 

 

また、せっかく長い自己紹介も終えた事ですし、次回からはもう少し具体的なエントリにシフトしていこうと思います。そこでまずは、宅建士のこと、不動産業のさまざまなチャネルについて、まとめようかなと思ってます。

 

次回も宜しくお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

東京デザインテン

建築クラスタでかなり話題になってますね、東京デザインテン。面白そうなので自分もいってきました。

designhub.jp

しらなかった〜という方、いってみようかなという方、5/21までやってるそうですよ。かなりボリューム満点な展示会でした。おすすめです。

 

10

 

デザインハブ10周年で、10個の視点から東京をテーマにした展示会。それで、デザイン展ではなくてデザインテン、らしいです。ツイッターやブログでもいろいろ意見がとびかってますよね。

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デザインテンのエントランス。巨大な「テンぷら」が出迎えてくれます。デザインを手がけられたのは野間真吾さん(展示全体のアートディレクションもされてるそう)。

 

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会場にはいると、展示の肝である10個の視点が記されたフキダシ。 

 

1:コウツウ

2:サイカイハツ

3:ウンソウ

4:デンキ

5:タワマン

6:イチバ

7:インサツ

8:カンコウ

9:リノベ

10:タコクセキ

 

10個の視点を個別のものではなく、たがいに関係させている展示。…でしたが、その関係性を読み取っていくのは結構大変、かもしれません。

もちろん、展示が見にくいわけではないんです。とっても情報量が多く、それぞれの情報をフラットに会場全体にばらまいてある感じ。その分、それぞれの関係性を知るには、しっかり会場全体のテキストに向き合っていかないといけない。

 

展示全体のディレクターは浅子佳英さん

見るほうを信頼している豪速球な展示っていう印象でした。

 

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めっちゃでかい◯◯◯◯◯の模型。1/100。

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こちらはまた別の模型のクローズアップ写真。けっこういろんなところで揶揄されがちな「アレ」です。

さきほどの模型と同じく1/100なんですけど、より衝撃的。建築設計の勉強していても具体的に学ぶことない対象なので、スケール感をはじめて知りました。

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今話題の市場関係の展示も。

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インサツ。活版印刷の様子を撮影した映像は何時間でも眺めていられる感じでした。ソフト化とかはないんですかね〜。それとスタイロフォームみたいな椅子の感触も最高です。

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リノベ。設計事務所がいきなり現れたみたいな。石膏ボードのメーカー名まで模型で再現しているところ、最高です。

 

 

検索ワードに出会う旅

東京デザインテン、強いインサイトを提示するタイプの展示ではないのですが、だからこそ実際に行ってみるのがいい気がします。

 

展示をめぐっていて思い出したのは、検索ワードに出会う、という言葉。

東浩紀さんが著書の「弱いつながり」で、検索ワードに出会えることが、実際の空間の強みであるっていう主旨のことを書いていた記憶があります。

なんでも検索できる時代だからこそ、検索に使う言葉が多様であることが大事になってくる。そして、検索する言葉を広げていくには現実の空間で出会うしかないという。

 

まさにデザインテンは検索ワードに出会う旅って感じでした。しかも行くたびに展示物が増えていたりするところも、まさに。

 

 

 

みなさんもぜひ会場で、新たな検索ワードに出会ってみてはいかがでしょう。

 

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